監督業にも映画鑑賞にも一切興味がありません
「迫真の演技」という言葉がある。言うまでもなく、俳優の演技力を高く評価する場合に使われるフレーズだ。演技力が高いということはすなわち、真に迫ること。動作や表情、声や言葉使いなどで、人間の心情をリアルに表現できることだった。
けれども堺雅人さんは、「真に迫る演技」を追求しているようには思えない。2013年を代表するセリフとなった「倍返しだ!」にしろ、『リーガルハイ』での古美門研介役にしろ、その演技はどこか劇画チックでフィクショナル。従来の「名演」とは明らかに趣が異なる。大げさに言えば、演技におけるリアリズムのあり方に一石を投じている。
堺雅人さんが主演する『半沢直樹』や『リーガルハイ』が斬新なドラマになっているのには、脚本や演出が優れているという理由があるのは間違いない。加えてもうひとつ、主役を演じる堺さんの演技スタイルがある種の“発明”だったことも、観る人の心に強く訴えかけた理由のひとつだと思われる。
『GQ』は、堺雅人さんが現在の表現方法を獲得するに至った背景にフォーカスしたいと考えた。
撮影スタジオに現れた堺さんは、テレビ画面で観る印象より華奢だった。申し訳なさそうな表情で、スタジオの隅を所在なさげにうろうろする姿からは、「ルック・アット・ミー」的なオーラはまったく感じられない。どちらかというと、自身の存在感を消そうとしているようにすら思える。
準備が整い、ライトが当たる場所に立つと、雰囲気は一変して“主役”の顔に変わる。ただし、「おれがおれが」と我を強く打ち出すわけではない。写真家をはじめとするスタッフの話に丁寧に耳を傾けて、撮影の意図を汲もうとする協調的な姿勢で挑んでいる。すべてを理解すると、堺さんは現実の撮影スタジオから、架空の世界へひょいと飛び移った。堺さんの周囲2メートルだけが、フィクションの世界に変わっている。役者の力って、こういうことか……。
撮影が一段落したところで、2013年に最も多くの人の視線を浴びた俳優、堺さんにお話をうかがう。
堺雅人という俳優の特徴のひとつに、監督をやりたいとか演出を手がけたいとか、そうした“業務の拡大”に一切興味がないことが挙げられる。
「ええ、そういう気持ちは全然ないですね」
それはなぜでしょうか?
「なんででしょうね……。たとえばライターという職業にしても、別に全員が小説を書きたいわけではなくて、詩人もいればルポルタージュが好きな人もいるわけじゃないですか。それと同じだと思います」
「倍返しだ!」とは対極にある、穏やかで丁寧な口調の方だ。ひとつひとつの言葉は、静かに語られるからこそ聞き手に響いてくる。
監督業などにまったく興味が湧かないというのは、演じることが天職だと思っているからでしょうか。
「いえ、別に天職だと思っているわけでもないのです。需要があるからやっている、その連続です。もちろん、好きでやっているという面もあります。なんて言うんだろう、昔から手作業が好きで大工さんになって、注文が来るから作らせてもらっている感じでしょうか。自分も好きだし、作れってくれっていう依頼もあるし、両方が大事な要素だと思います」
堺さんは、早稲田大学の演劇サークルから俳優の道へと進んだ。職業として役者を選んだ、という意識はあるのだろうか。
「大学のサークルで初めてお客さまからお金をいただく舞台に出るときに─もともとはなんでもない素人なもんですから─なんとかして役者にならなきゃいけないって勝手に思ったことはあります。役者ってどうなればいいんだろうって、芝居をしながら一所懸命に考える時期があって」
それは学生のときですか?
「ええ。でも最近は、自分が役者って言わなくても結果的に役者の仕事をしていれば役者になるわけで。あんまり職業意識ってものを考えたり、役者ってなんだろうとか、どんな役者になりたいだとかを考えるくらいなら、セリフを覚えて時間通りに現場に行ったほうが他人さまの役に立つのではないかと思いまして。あまり役者としての自分とか、自分自身に興味をもたないぐらいがちょうどいいんじゃないかと考えています」
堺さんから「おれがおれが」のオーラを感じない裏には、「自分自身に興味をもたないぐらいがちょうどいい」というスタンスがあったのだ。自己を演技で表現したいと考える、多くの俳優とは違うのだ。