ほんとうにありがとう!
それで、ある日ごはんをつくらずにおいてみた。
会社から帰った夫は、空っぽのテーブルや整然とした台所をみて不思議そうな顔をして、ごはんは?と訊いた。
背広やネクタイ、ワイシャツやズボンや靴下を脱ぎ散らかしながら。
「ないの」
私はこたえた。
「どうして?」
「つくらなかったから」
私は夫の背広やズボンを拾いあつめながらこたえる。夫はしばらく黙ってから、妙に真剣な様子で、どうして、と、もう一度訊いた。
「つくりたくなかったから」
私はこたえ、おそばでもとりましょう、と提案した。
「おそば?!」
夫は変な声をだした。
「そば屋なんでも、うやってないよ」
十時半くらいだったと思う。結局、私たちはその日 ,夫の車でデニーズにいって夜ごはんを食べたのだった。
そして、そのことが逆効果になってしまった。毎日ごはんがあるとは限らないと知った夫は、あの忌まわしいセリフ、「ごはんは?」を、しばしば玄関で発するようになったのだ。不安に駆られるのだろう。ドアをあけるやいなや、ごはんは?と。
with furigana:
それで、ある日ごはんをつくらずにおいてみた。
会社から帰った夫は、空っぽのテーブルや整然とした台所をみて不思議そうな顔をして、ごはんは?と訊(きい)いた。
背広(せびろ)やネクタイ、ワイシャツやズボンや靴下を脱ぎ散らかしながら。
「ないの」
私はこたえた。
「どうして?」
「つくらなかったから」
私は夫の背広やズボンを拾いあつめながらこたえる。夫はしばらく黙ってから、妙に真剣な様子で、どうして、と、もう一度訊い(きい)た。
「つくりたくなかったから」
私はこたえ、おそばでもとりましょう、と提案した。
「おそば?!」
夫は変な声をだした。
「そば屋なんでも、うやってないよ」
十時半くらいだったと思う。結局、私たちはその日 ,夫の車でデニーズにいって夜ごはんを食べたのだった。
そして、そのことが逆(ぎゃく)効果(こうか)になってしまった。毎日ごはんがあるとは限らないと知った夫は、あの忌(い)まわしいセリフ、「ごはんは?」を、しばしば玄関で発する(はっする)ようになったのだ。不安に駆られるのだろう。ドアをあけるやいなや、ごはんは?と。