普通のテンポでお願いいたします。
春だね、と僕はまた言ってみる。
「ああ。今年の桜はちょっと遅かったな」とお父さんは笑う。「明日は五時おきだ。今年も花見の場所取りを任されちゃって」
夜のうちに、去年しまい込んだ青いビニールシートを物置から引っ張り出し、丁寧に雑巾をかけ、朝の五時に起きて、勤めている工場近くの公園へ始発で向かう。毎年のことだ。
自分とお父さんの分の夕飯を食卓に並べてから、僕はもう一人分の夕飯をお盆に載せて、二階の妹の部屋へ行く。
春だね、と机に向かう背中に僕は声をかけてみる。
「だから何よ。それ嫌味?」
妹は振り返って、僕を睨みつける。
「わかってるよ。あと一年を切ったってことくらい。あんたと違って、私の受験は本物なの。名前を書けば受かるあんたの大学とは違うのよ。だから、さっさと消えてよね」