自分の死にざまなんか、真剣に考えたことはなかった。
ここ数カ月、考える理由はじゅうぶんあったのに。でも、たとえ考えたとしても、こんなことになるとは想像もしなかっただろう。
息をひそめ、細長い部屋の奥をじっと見つめた。狩猟者の黒い瞳。相手は愉快そうに見返してくる。
こうして死ぬことに不満はない。愛する人の身がわりになるのだから。気高くさえある。きっと大きな価値があるはずだ。
わかってる。フォークスに行ったりしなければ、こうして死に直面することはなかった。でも、たとえどんなに恐ろしくても、あのとき決めたことに後悔はない。
人生が夢のような日々をもたらしてくれたのなら、その終わりに嘆き悲しんだりするべきじゃない。
狩猟者は親しげなほほえみを浮かべ、ゆっくり近づいてきた――。
あたしを殺すために。
1 転校生
ママは車のウインドウを全開にして、空港まで送ってくれた。アリゾナ州フェニックスは気温二十四度、雲ひとつない完璧な青空。あたしはお気に入りのシャツを着ている。白い透かし模様のレースのノースリーブだ。おわかれの記念に着てみたつもり。
ワシントン州北西部のオリンピック半島に、フォークスという名のいつも雲におおわれた小さな町がある。そのちっぽけな町には、全米のどんな場所よりたくさん雨が降る。
ママが、そのどんよりした不吉な雲におおわれた町から逃げだしたのは、あたしが生後数カ月のときだった。そして十三歳まであたしは毎年、夏の一カ月をその町ですごさなければならなかった。でも、十四歳になってようやく自分の意見を主張した。だからこの三年は、かわりにチャーリー……ううん、ちがった、パパとカリフォルニアで落ちあって一緒に二週間の休暇をすごしてきた。
あたしはいま、その雨と霧と雲の町に、自分を追いこもうとしている。フォークスなんて大嫌いなのに。
大好きなのはフェニックスだ。太陽と焼けつくような熱気。活気にあふれた大都会があたしは大好きだった。
「ねえ、ベラ」飛行機に乗る前、ママはいった。これで千回目。「こんなこと、しなくていいのよ」
ショートヘアと笑いじわをべつにすれば、ママとあたしはそっくり。そのあどけない大きな瞳を見つめているうちに、心がぐらりと揺らいだ。おひとよしで、気まぐれで、むこうみずなママを残していくなんてやっぱりできない。もちろん、いまではフィルがいてくれるから、生活費だって問題ないはずだし、冷蔵庫には食べるものが、そして車にはガソリンがちゃんと入るだろうし、迷子になったら連絡する人もいる。でも……。
「行きたいんだもの」あたしはウソをついた。
昔からウソは下手だけど、このウソは最近何回も口にしてきたから、いまではほとんど本気に聞こえる。
「チャーリーによろしく伝えてね」ママはあきらめていった。
「うん」
「近いうちにまたね」ママがきっぱりいった。「いつでも、好きなときにうちへ帰ってきていいのよ。あなたがそうしたいなら、ママもすぐもどってくるから」
言葉とは裏腹に、瞳には悲壮感が浮かんでいる。そんなわけにいかないことはママだってわかってるんだ。
「あたしのことは心配しないで」と説得した。「きっとうまくいくわ。元気でね」
ママはしばらくあたしをぎゅっと抱きしめた。それから、あたしは搭乗し、ママも行ってしまった。