Please read at natural speed. Please do not read inside 《》:ルビ Thank you ^^
こんな体験をくり返しているうちに、筆者はだんだんと東京が恐ろしくなって来た。すくなくとも東京が日本第一の生存競争場である位の事は万々心得て上京した積りであったが、このアンバイで見るとその生存競争があんまり高潮し過ぎて、人間離れ、神様離れした物凄いインチキ競争の世界にまで進化して来ているようである。アノ高々と聳立している無電塔や議事堂も、事によると本物ではないかも知れない。あの青空や、太陽や、行く雲までもがキネオラマみたいなインチキかも知れない。田舎の太陽や、樹木や、電車や、人間はみんな本物だがナアと思うと、急に田舎へ帰りたくなった。真黒に日に焼けた、泥だらけの子供の笑い顔が見たくて見たくてたまらなくなった。
その帰る前日に某名士の処へお暇乞いに行った。某名士氏は八十幾歳の高齢で悠々と白髯を扱《しご》いて御座った。
そこへ四十恰好の眼の鋭い、腕ッ節の強そうな刑事然たる人が羽織袴で面会に来て某名士氏の次の間にヒレ伏した。
「初めて御意を得ます。私は××県の者で御座いますが、私の友人で△△と申す者が個人的の特志で、日本政府の軍事探偵となりまして○○政庁の統治下に入り込んで活躍致しておりまするうちに、過般来、日本と○○政庁の外交関係が緊張致しました際、△△は部下十二人と共に一網打尽、引き上げられてしまいました。その捕縛された一刹那に△△はピストルで頭を撃って壮烈な自殺を遂げ、一切の真相を調査不可能に陥れましたので、部下十二名の罪はまだ決定致しかねている状態でありますが、その△△君の死は元来が特志でありました関係から、お上から勲章、年金等も頂戴出来ませぬは勿論のこと、その死因すら永久に公然と発表を許されない事になってしまったのであります」