(省略)
「田辺って。」彼は言った。「変わってるんだってね。」
「よく、わかんない。」私は言った。「あまり会わないし。……話も特別しないし。
私、犬のように拾われただけ。
それに、彼のことはなにも知らないし。
そんなもめごともマヌケなまでに全然、気づかなかったし。」
「でも、君の好きとか愛とかも、俺にはよくわかんなかったからなあ。」宗太郎は言った。
「とにかく、よかったと思うよ。いつまで引き取られてるの?」
「わかんない。」
「ちゃんと、考えなさいね。」彼は笑い、
「はい、心がけます。」私は答えた。
帰りは、ずっと公園を抜けていった。木々のすき間から、田辺家のマンションがよく見えた。
「あそこに住んでるのよ。」
私は指差した。
「いいなあ。公園の真横じゃない。俺だったら朝五時に起きて散歩しちゃうな。」
宗太郎は笑った。とても背が高いので、いつも見上げる形になった。この子だったらきっと——私は横顔を見ながら考えた。きっと、ばりばり私を引っぱり回して新しいアパートを決めさせたり、学校へ引っぱり出したりしたんだろう。
それ、その健全さがとても好きで、あこがれで、それにとってもついていけない自分をいやになりそうだったのだ。昔は。
彼は大家族の長男で、彼が家からなんの気なしに持ってくるなにか明るいものが、私をとてもあたためたのだ。
でも私はどうしても——今、私に必要なのはあの田辺家の妙な明るさ、安らぎ——で、そのことを彼に説明できるようには思えなかった。別に、する必要もなかったけれど、彼と会うといつもそうだった。自分が自分であることがもの悲しくなるのだ。
「じゃあね。」
私の瞳(ひとみ)を通して、胸の深いところにある熱い塊が彼に澄んだ質問をする。
まだ今のうちは、私に心が残っているかい?
「しっかり生きろよ。」
彼は笑い、細めた瞳にはまっすぐ答えが宿っている。
「はい、心がけます。」
私は答え、手を振っては別れた。そしてこの気持ちはこのまま、どこか果てしなく遠いところへと消えてゆくのだ。