……というわけで、私は居候(いそうろう)生活に突入した。
私は五月が来るまでだらだらすろことを、自分に許した。そうしたら、極楽のように毎日が楽になった。アルバイトにはちゃんと行ったが、後はそうじをしたり、TVを観たり、ケーキを焼いたりして、主婦のような生活をしていた。
少しずつ、心に光や風が入ってくることがとても、嬉しい。
雄一は学校とバイト、えり子さんは夜仕事なので、この家に全員がそろうことはほとんどなかった。
私は初めのうち、そのオープンな生活場所に眠るのに慣れなかったり、少しずつ荷物を片づけようと、もとの部屋と田辺家を行ったり来たりするのに疲れたけれど、すぐなじんだ。
その台所と同じくらいに、田辺家のソファを私は愛した。そこでは眠りが味わえた。草花の呼吸を聞いて、カーテンの向こうの夜景を感じながら、いつもすっと眠れた。
それよりほしいものは、今、思いつかないので私は幸福だった。
いっつも、そうだ。私はいつもギリギリにならないと動けない。今回も本当にギリギリのところでこうしてあたたかいベッドが与えられたことを、私はいるかいないかわからない神に心から感謝していた。
ある日、まだ残っている荷物整理のために私はもとの部屋へ帰った。
ドアを開ける度、ぞっとした。住まなくなってからのここは、まるで別人の顔をするようになった。
しんと暗く、なにも息づいていない。見慣れていたはずすべてのものが、まるでそっぽを向いているではないですか。私は、ただいまと言うよりはおじゃましますと告げて抜き足で入りたくなる。
祖母が死んで、この家の時間も死んだ。
私はリアルにそう感じた。もう、私にはなにもできない。出ていっちゃうことの他にはなにひとつ—思わず、おじいさんの古時計をロずさんでしまいながら、私は冷蔵庫をみがいていた。
すると、電話が鳴った。
そんな気がしながら受話器を取ると、宗太郎からであった。
彼は昔の……恋人だった。祖母の病気が悪くなる頃、別れた。
「もしもし? みかげか?」
泣きたいほどなつかしい声が言った。
「お久しぶりね!」
なのに元気よく私が言った。
これはもう照れとか見栄(みえ)を超えた、ひとつの病と思われる。