身の上語(すごい)を聞いた後、あんまりちゃんと考えずに雄一とビデオを観[み]ながら花屋の話とか、おばあちゃんの話とかをしているうちに、どんどん時間が過ぎてしまったのだ。今や、夜中の一時だった。そのソファは心地良かった。一度かけると、もう二度と立ち上がれないくらいに柔らかくて深くて広かった。
「あなたのお母さんさ。」さっき私は言った。
「家具の所でこれにちょっとすわってみたら、どうしてもほしくなって買っちゃったんじゃない?」
「大当たり。」彼は言った。「あの人って、思いつきだけで生きてるからね。それを実現する力があるのが、すごいなと思うんだけど。」
(省略)
借りた寝まきに着替えて、しんとした部屋に出ていった。ぺたぺたとはだしで台所をもう一回見に行く。やはり、よい台所だった。
そして、今宵私の寝床となったそのソファにたどり着くと、電気を消した。
窓辺で、かすかな明かりに浮かぶ植物たちが十階からの豪華な夜景にふちどられてそっと息づいていた。夜景―もう、雨は上がって湿気を含んだ透明な大気にきらきら輝いて、それはみごとに映っていた。
私は毛布にくるまって、今夜も台所のそばで眠ることがおかしくて笑った。しかし、孤独がなかった。私は待っていたのかもしれない。今までのことも、これからのこともしばらくだけの間、忘れられる寝床だけを待ち望んでいたのかもしれない。となりに人がいては淋しさが増すからいけない。でも、台所があり、植物がいて、同じ屋根の下には人がいて、静かで・・・・・ベストだった。ここは、ベストだ。
安心して私は眠った。
目が覚めたのは水音でだった。
まぶしい朝が来ていた。ぼんやり起き上がると、台所に”えり子さん”の後ろ姿があった。昨日に比べて地味な服装だったが、
「おはよう。」
と振り向いたその顔の派手さがいっそうひきたち、私はぱっと目が覚めた。
「おはようございます。」
と起き上がると、彼女は冷蔵庫を開けて困っている様子だった。私を見ると、
「いつもあたし、まだ寝てるんだけどなんだかおなかがへってねえ・・・・。でも、この家なにもないのよね。出前とるけど、なに食べたい?」
と言った。
私は立ち上がって、
「なにか作りましょうか。」
と言った。
「本当に?」と言った後、彼女は「そんなに寝ぼけてて包丁持てる?」と不安そうに言った。
「平気です。」
部屋中がサンルームのように、光に満ちていた。甘やかな色のあお青空が果てしなく続いて見渡せて、まぶしかった。
私は思わず彼女を見た。嵐[あらし]のようなデジャヴーが襲ってくる。
光、降りそそぐ朝の光の中で、気の匂(にお)いがする、このほこりっぽい部屋の床にクッションを敷き、寝ころんでTVを観ている彼女がすごく、なつかしかった。