ソファに戻ってすわると、熱いお茶が出た。
ほとんど初めての家で、今まであまり会ったことのない人と向かい合っていたら、なんだかすごく天涯孤独な気持ちになった。
雨に覆(おお)われた夜景が闇ににじんでゆく大きなガラス、に映る自分の目が合う。
世の中に、この私に近い血の者はいないし、どこへ行ってなにをするのも可能だなんてとても豪快だった。
こんなに世界がぐんと広くて、闇はこんなにも暗くて、その果ててしない面白さと淋(さび)しさに私は最近初めてこの手でこの目で触れたのだ。今まで、片目をつぶって世の中を見てたんだわ、と私は、思う。
「どうして、私を呼んだんでしたっけ?」
私はたずねた。
「困ってると思って。」親切に目を細めて彼は言った。「おばあちゃんには本当にかわいがってもらったし、このとおりうちには無駄なスペースが結構あるから。あそこ、出なきゃいけないんでしょう?もう。」
「ええ、今は大家の好意で立ちのきを引き延ばしてもらってたの。」
「だから、使ってもらおうと。」
と彼は当然のことのように言った。
彼のそういう態度が決してひどくあたたかくも冷たくもないことは、今の私をとてもあたためるように思えた。なぜだか、泣けるくらいに心にしみるものがあった。そうして、ドアがガチャガチャと開いて、ものすごい美人が息せききって走り込んできたのは、その時だった。
私はびっくりして目を見開いてしまった。かなり歳が上そうだったが、その人は本当に美しかった。日常にはちょっとありえない服装と濃い化粧で、私は彼女のおつとめが夜のものだとすぐに理解した。
「桜井みかげさんだよ。」
と雄一が私を紹介した。
彼女ははあはあ息をつきながら少しかすれた声で、「初めまして。」と笑った。「雄一の母です。えり子と申します。」
これが母?という驚き以上に私は目が離せなかった。肩までのさらさらの髪、切れ長の瞳の深い輝き、形のよい唇、すっと高い鼻すじ—そして、その全体からかもしだされる生命力の揺れみたいな鮮やかな光—人間じゃないみたいだった。こんな人見たことない。
私はぶしつけなまでにじろじろ見つめながら、
「初めまして。」
とほほえみ返すのがやっとだった。