人間は案外、機械と似ている。機械屋の娘だからなのかどうかはわからないが、私は堂々そう思っている。
よく「人間は機械じゃない!」といって、人間を機械のように酷使する社会のシステムを非難する人がいるが、私はその言い分に違和感を覚える。
機械はガソリンや電気が切れれば動かなくなるし、落としたり倒したりすれば壊れる。古くなれば動きが遅くなるし、できないことをやらせようとしてもできない。酷使すれば壊れる。とても正直だ。
ところが人間は、給料、つまり人間にとってのガソリンを減らして前より「一層よく働け」と命令し、過酷な労働を「精神性で克服せよ」と無理難題を押しつけ、「疲れた」と申し出る人には「癒(いや)せ」と鞭(むち)を打ち、休んでいる人や生産性の低い人を「怠け者」と非難し、そしてとうとう壊れてしまった人を「弱い」と非難する。人間が人間を人間と見なせば見なすほど、非人間性は増していく。
人間に無限の可能性や能力や忍耐力なんてない。できることはできるし、できないことはできない。人間はもっと、機械を見習ったらどうだろう。