男女ともの声いずれも必要ですので、ご協力お願い申し上げます。
去年の夏の夜、北陸から大阪へ向かっていたJRの特急列車「サンダーバード」の車内で強姦事件が起こった。被害に遭った20代の女性は新大阪駅で降り、警察署に駆け込んだ。容疑者の男も同じ駅で降りたが、姿をくらました。その男が逮捕され、11日に強姦罪で起訴された。事件からすでに9ヶ月が経つ。昨年暮れに男は別の強姦事件を2件起こしている。サンダーバード事件をすぐに解決していれば、あとの事件は起きなかった。
この事件が衝撃的だったのは、誰もいないところではなく、約40人の客が乗っている車内で起こったからだ。乗客たちはなぜ、止めようとしたり、車掌に知らせたり、しなかったのか。起訴状などによると、事件のあらましはこうだ。
発生は昨年8月3日の夜。列車が福井駅に着いたころ、男は6両目の窓側に1人で座っていた女性の隣に座った。男は「大声出すな。殺すぞ」と脅し、女性の肩を押さえ、胸を触るなどわいせつな行為を繰り返した。京都駅に近づくと、女性をトイレに連れ込み、強姦した。
一つの車両は64の座席がある。6割ぐらいが埋まっていた計算だ。男は通路をはさんだ隣の乗客に「何をじろじろ見とるんや」と脅したという。前と後ろの座席にも乗客はいた。女性はしくしく泣いていたそうだ。怖くて声を出せなかったことは容易に想像できる。
女性と男がいたのと同じサンダーバードの座席に座ってみた。たぶん、周りの何人かは男の異常な行動に気づいただろう。なんとか救う方法はなかったのか。男に注意する。1人でできないなら、ほかの乗客と一緒に止めに入る。いや、もっとやりやすいことがある。各車両についている非常ボタンを押せばいい。車掌に通報が届く。非常ボタンを押すのを男に見られたくなければ、乗務員室にこっそり行って事件を伝えることもできる。携帯電話を持っていれば、それで110番することも可能だ。
色々な手立てがすぐに思い浮かぶ。だが、乗客たちは何もしなかったようだ。これをどう考えればいいのか。相手はまともな人間ではない。へたにかかわれば、自分に危害が及ぶ。そんな心理が働いたのかも知れない。もう一つ、「誰かが通報するだろう」「男女のもめごとかもしれない」などと、行動を起こさない理屈づけをしたことも考えられる。
心理学で「冷淡な傍観者」という考え方がある。目撃者が多ければ多いほど個人の責任が軽くなり、自分が率先して行動を起こす動機が弱まるというのだ。だが、それでは被害者は救われない。
誰もがいつも犯罪の被害者になるかわからない社会で、犯罪の現場に居合わせたときにどんな行動をとるか、そのことが一人ひとりに突きつけられている。