せんしゅう私わたしの友人ゆうじんが、彼かれの同僚どうりょうが皆みなの前まえで上司じょうしに大おおきな声こえで怒おこられていたという話はなしをしていた。その同僚どうりょうはあるミスをして、上司じょうしはそのことで憤慨ふんがいし、他ほかの従業員じゅうぎょういんが見みている目めの前まえで、大おおきな声こえでのその同僚どうりょうを叱しかりつけたということであった。
この話はなしを聞きいたとき、私わたしは不意ふいに以前いぜんの同僚どうりょうのAさんのことを思おもい出だしてしまった。以前いぜん私わたしが勤つとめていた高校こうこうで働はたらいていたAさんは、常つねにおどおどして落おち着つかない人ひとで、仕事しごとの中なかでのミスも多おおかった。上司じょうしにすっかり目めをつけられたAさんは、しばしば他ほかの教職員きょうしょくいんがいる職員室しょくいんしつの中なかで、上司じょうしから怒号どごうをあびせられることがよくあった。
一番衝撃的いちばんしょうげきてきだったのは、私わたしが早はやめに出勤しゅっきんした日ひの朝あさ、Aさんが上司じょうしの机つくえの横よこに立たち尽つくしていた光景こうけいであった。私わたしはその日ひ、前日ぜんじつに終おわっていない仕事しごとがあったので、早はやめに学校がっこうに着ついたのだが、そんな早はやい時間じかんから、Aさんは上司じょうしに怒おこられていたのである。きっとAさんも朝早あさはやく仕事しごとをしようと学校がっこうに来きたはずであるが、上司じょうしにつかまり、説教せっきょうが始はじまってしまったのだろうと私わたしは推測すいそくした。かわいそうなAさん。仕事しごとも進すすまず、朝あさから上司じょうしに怒おこられいやな気分きぶんになるのである。しかも他ほかの先生せんせいが見みている前まえで。
上司じょうしと呼よばれる人ひとの中なかには、人前ひとまえで部下ぶかを平気へいきで怒鳴どなりつける人ひとがいる。彼かれらは、いったいどういうつもりでこれをやっているのか。自分じぶんのストレス解消かいしょうのためか、ただ単たんに怒いかりをぶつけるためか、他ほかの従業員じゅうぎょういんへの見みせしめのためか。上司じょうしがミスをした従業員じゅうぎょういんの気持きもちや将来しょうらいを考かんがえて行動こうどうしていないのは明白めいはくだ。
人前ひとまえで叱しかられて恥はじをかかされた人ひとの気持きもちに残のこるのは、自分じぶんのミスへの反省はんせいよりは、ただ上司じょうしへの憎にくしみだけである。本当ほんとうに会社かいしゃの業績ぎょうせき、その従業員じゅうぎょういんの今後こんごの活躍かつやくを考かんがえたら、人前ひとまえで叱しかるという行為こういには走はしらないはずであるが、日本企業にほんきぎょうの中なかには、平気へいきでそういうことをする人ひとがいるのである。
小学校しょうがっこうの頃ころの話はなしであるが、私わたしの友人ゆうじんでとても反抗的はんこうてきな子こが一人ひとりいて、その子こが悪わるいことをするといつも生徒全員せいとぜんいんの前まえでその生徒せいとを叱しかる先生せんせいがいた。今思いまおもい返かえしてみると、あの先生せんせいは怒いかりのコントロールができていなかったのでは?と感かんじる。毎回人前まいかいひとまえで怒おこられたその生徒せいとは先生せんせいの言いうことを全まったく聞きかず、その指導しどうが効果的こうかてきでなかったことは一目瞭然いちもくりょうぜんであった。
やはり、人前ひとまえで人ひとを叱しかりつけるという行為こういは、力ちからを持もった人間にんげんがただ単たんに怒いかりをぶつけている行為こういに過すぎないのである。そういった怒いかりのコントロールができない人ひとというのは、教師きょうしや、会社かいしゃの上司じょうしになってはいけないと思おもう。人ひとを教育きょういくする立場たちばである彼かれらは、生徒せいとや部下ぶかの能力のうりょくを伸のばす責任せきにんを担になっているのであるから、自分じぶんの感情かんじょうに任まかせて何なんの意図いともなく人ひとを叱しかってはいけないのである。
もしもあなたがそんな上司じょうしにあたってしまったら、とりあえず無視むしするのがよいだろう。
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せんしゅう私(わたし)の友人(ゆうじん)が、彼(かれ)の同僚(どうりょう)が皆(みな)の前(まえ)で
こんな風に