Natural speed please.
時間が止まればいいと思った。 無論、何が人生最高の瞬間かなんて、死ぬ時に全てを振り返らなければ分からない。 だけど誰でも、一度くらいはそう思ったことがあるだろう。 楽しい時を持続させたい。その瞬間を繰り返したい。 飽きるまで、いや飽き果てても、留めておきたい大事な瞬間が今なんだと。 それを失うのが恐ろしい。その先にある未知が恐ろしい。 この手の不安は、きっと誰もが経験していることのはずだ。 まして、俺みたいな学生なら。 リアルでそうした気持ちを持つこと自体、珍しくはないだろう。 進学とか、就職とか、将来に関わる選択をしなければならない時期で、大人と子供の中間めいた、アンバランスな浮遊感がそうさせる。 それは地に足がついてないとき特有の、現実逃避めいた刹那的価値観。 青いと言ってしまえばそれまでの、たいして問題にもならない流行り病。はしかかか 一種の麻疹――だが、俺はそれにいつまでも罹っていたいと思っていた。 今まで、あまりにも居心地がよかったから。 特別何かがあるわけじゃない平平凡凡とした毎日を、いつまでも続けていたいと思っていた。 楽しい時は瞬く間に過ぎるというなら、積極的に楽しまないことでその時間を引き伸ばそう。トラブル 誰でも知ってる手垢の付いた、デフォルトの道を選ぶことで未知の幸不幸を避けていこう。 そんな馬鹿げたことを考え、実践するほど、俺は今ある環境を好いていた。きひ 未知を忌避して、既知を是とする――平たく言えば攻略本を見ながらのゲームプレイ。ふじいれん それが俺、藤井蓮の人生観で、今も昔も、たぶん未来も変わらない。 そうしていれば、時間の体感速度を遅めに設定できると思っていた。 止めることは、不可能だし。 これは現実的な手段としての悪足掻きで、一種の妥協策とでも言うべきもの。 だから、ちゃんと分かっているつもりだった。 理解しているつもりだった。 何事も永遠には続かない。 いつか終わるということは、いつ終わっても不思議じゃないということに。