太郎と月子の絶叫を聞いて部屋に入ったラブホテルの従業員は、全裸でのたうちまわる2人を発見したが、警察の事情聴取に対して「2人のほかに人はいなかった」と証言した。
花子は、2日後、ベトナム出張から帰国した。出張中は職場の後輩の女性社員と常に行動をともにしており、後輩は、花子の所在が分からなくなることはなかったという。2人を襲ったのは、花子の生霊だった。
■花子の刑事責任を追及できるか?
残念なことに、花子を傷害罪(刑法第204条)で処罰することはできない。花子は、太郎と月子を襲っていないからである。花子は、太郎と月子を激しく怨んではいたが、「怨む」という外形的行動に表れていない内心の意思を原因としてその人を処罰することはできない。刑法で処罰されるのは、人の「行為」である。行為とは、「行為者人格の主体的現実化としての身体の動静」である。
では花子が、(呪術を用いる等)自らの意思で生霊を現出させて、太郎と月子を襲った場合はどうであろうか?この場合も、花子は処罰されない。この場合は、講学上は、行為者が、本来犯罪を完成させる危険性を含んでいない行為によって犯罪を実現しようとする場合であり、「不能犯」とよばれる。つまり、講学上は、花子は、自らの意思で生霊を現出させたと信じているだけのことである。生霊の存在が科学的に証明されていない以上、このような結論になる。