「これが、聖杯の器ね。サーヴァントという形で現世に繋ぎ止めた英霊たちの魂を回収し、大聖杯を召喚するための供物として捧げる、そのための入れ物。ただの容器なら、それ相応の形があろうものを。なぜよりにもよって人の形なんぞに。まったく、やりづらい。あー、聞こえているか。僕の言葉は理解出来るか。」
「はい、衛宮切嗣。」
「ふははっ、声も出せるのか。驚きだ。」
「あなたはアインツベルンのホムンクルスについて、ずいぶん過小評価をなさっているようですね。」
「そんなことはないさ。北の錬金術の大家、冬の聖女こと、ユスティーツァ・リズライヒの末裔たる一門ともなれば、人のまがい物を錬成する手腕は、右に並ぶものなどないだろう。」
「その通りです。私は、完成された人体として備わっているべき全ての機能、加えて、常人をはるかに凌駕する魔術回路と初期設定として規格化された略式魔術刻印を焼きこまれています。魔術師の素体としては、あなたを上回る性能を備えているはずです。」
「ああ、大変に結構。だがそんなご大層な機能は、僕にとってありがたくもなんともない。君はな。はあ、くそっ。なんでこんなことを説明しなきゃならないんだ。」
「私の機能について何らかの不満があるようでしたら、明確にしていただきませんと。こちらとしても、対処のしようがありません。」
「君は、自分が一体どういう目的で錬成されたのか、ちゃんと理解しているのか。」
「はい。私は聖杯の器。来るべき第四次聖杯戦争において、大聖杯を起動させるための鍵として機能する存在です。」
「そうだ。ただの器だ。役目はどうあれ、有り様としてはビールのジョッキと大差ないものなんだ。なんでそいつが手足を生やし、一端の口を利き、使い手に説法するようなことになる。意味が分からん。」
「では、意味をご説明します。聖杯の器を保護する上で最も効率的な手段として、自律行動と状況判断の機能を果たすべく付加された自我、それが私という存在です。」
「僕が聖杯の器の保護に手をわずらわせるまでもなく、聖杯の器そのものが自己判断で自らの安全を確保すると。」
「その理解で支障はありません。」
「では聞くが、君は本当に戦場で自衛できるだけの能力を備えているのか。」
「そのように設計されています。」
「少なくとも外見上はとてもそうは思えないんだが。」
「外見で判断なさるのですか。」
「いいだろう。では実際に試してみるまでのことだ。」
「おい、ふざけているのか。この程度の攻撃にも対処できないでどうする。基本的な護身術さえ、備わっていないのか。」
「対処の必要がありません。あなたは衛宮切嗣であり、聖杯の器を破壊する意図など、あるはずがない。」
「遊びじゃないんだ。君が口先ばかりで、自分の身を守ることも出来ない欠陥品だとしたら、さっさと叩き壊して、別の器をご当主殿に用意してもらったほうが良い。」
「攻撃に対する反撃の殺傷力の競い合いが、つまりあなたが定義するところの自衛なのですか。」
「そうだ。何か文句でも。」
「それは、生存を確保する上で最悪の選択です。最も優先されるべきは、危機的状況を我が身から遠ざけること。それが不可避な状況に陥るような戦略的失態を犯した場合には、逃亡、偽装、詐術的交渉などが次善の策となるはずです。」
「はっきり言っておく。僕が必要としているのは屁理屈ではなく、戦闘の能力だ。殺されるより先に殺す素早さと正確さと、破壊力だ。」
「それは生存の戦略ではない。こと自衛という観点において比較するならば、衛宮切嗣、あなたは私より脆弱です。」
「こいつ。」
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「あんなホムンクルスを僕に押し付けて、一体どういう用件ですか。」
「不服かね。あれは近年の鋳造の中でも、屈指の仕上がりの個体だが。」
「人形としての出来栄えは、さぞや結構なものなのでしょうね。だがそれは聖杯戦争において、何の役にも立たない。聖杯の器に、自律防衛機能として人間じみた肉体と自我を与えたという話でしたが、まったくもって役に立ちません。あれでは街角の酔っぱらいに絡まれただけでも怪我しかねない。せめてカラスかドーベルマンの体でも与えておけば、まだしも使い道があったでしょうに。」
「ふん、さすがは魔術師殺しの衛宮切嗣。発想の野蛮さにおいては、我々の理解を超えて余りあるな。」
「だから僕をここに呼び寄せたんでしょう。あなたがたアインツベルンの方法論こそ、闘争の場においては、的外れにも程がある。」
「与えた機械の性能を活かすも殺すも使い手の発想次第だ。その点について、お前と討論しても徒労に終わるのは歴然だが。ともかく、あれについては、その頑強さについて証明すれば、まずは十分であろう。ただの器よりも壊れにくくなる構造として、あれは自らが壊れることを忌避するよう、設計したまでのこと。その機能性を直にお前に見せてやる。そうさな、あと2、3日もすれば結果は出るだろう。」
「どういうことです。」
「ちょっとした実験、まあ耐久試験とでも言っておこうか。昨夜のうちに森のはずれにある失敗作の廃棄場に、あれを放置しておいた。この極寒の吹雪の中、丸裸にされて、飢えた狼や怨霊どものただ中に放り出されたんだ。どんな屈強な戦士であろうと、一夜を待たずに食い殺されるか、凍え死ぬ試練だが。あれが生きたまま、独力でこの城まで生還したなら、お前とてあれの強度を認めること、やぶさかではあるまい。」
「正気の沙汰じゃない。いくらホムンクルスとはいえ、あんたが手ずから作った娘だろうが。」
「壊れないこと、大聖杯の儀式に至るまで自らを保存しうること、わしがあれに託したものはそれだけだ。此度のような手慰み程度の試練にさえ耐えられないようならば、その時は、お前の苦情通りにこちらの設計上の不備を認めて、新しい器を用意しよう。」